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嫁がmixiに面白い画像を投稿したのでそれについて。

先月から隣村にある本家を改築中。詳しい築年数はわからんけど100年ちょっとの古民家。
基礎やり直し、耐震補強と問題点を考えたり、新築、改築、間取りなどいろいろな選択肢を嫁とケンカして決めたりして、なんとか2人なりの答えを導き出して古民家の改装が始まった。

大震災後という事で耐震にはすごく頭を悩ませ、現在の建築基準法に合わせるか昔の建築技法を信頼するか、一部補強か全体補強などと悩んだ結果、どっちつかずの補強は昔の建築技法の利点を弱めてしまうように感じ、補正程度の修正、一部基礎の補強に留まる事になった。
専門的な知識もないし地震がどんな物かも体験していないので正直不安はあったけど、工事が始まって床下に隠れていた基礎部分が出た時「昔の建築技法に賭けてみようよ」と決めた。

昭和の大工仕事


100年前の大工仕事

まぁ、地震が起きてみんと結果はわからんけど、ダメな時は俺たちの選択の負けだ。しかし、永遠なんて物はない事や長い年月の人々の知恵などを感じながら、“その時”が来るまでの時間を大切にこの家で暮らしていきたい
そういう家を作るんだと思っとる。
いろいろと愚痴ってもやらないといけない事が山積みの消防団最終年度が始まり、分団主任班長という会計役に就いた。
3月から4月1日の任命式祝賀会に向け地元のお偉い方の招待、宴会の設定、新入団員の世話などと慌ただしくこなし、当日になって会場が押さえてないという大失態発覚も田舎の公民館が予約で一杯のはずも無く、当日予約で問題解消。そんなこんなで程よいハプニングの中、新体制一発目の行事にあたる任命式をこなした。
さて、これから1年間。消防団をどうやって動かして行こうか...。

今まで通りの消防団でいいのか?
直接ではなくても税金を使って活動している消防団。町の人たちはそのお金の使い道に納得しているんだろうか?
新入団員の勧誘になぜこんなに苦労するようになってしまったのか?改善点は...
団員は消防団活動に納得しているんだろうか?

問題点、改善点、疑問は多数あると思う。
しかし、長い年月で作り上げられた組織、伝統はすぐには変えられない(変えさせてもらえない)のが現状なので、少しでも改善の方向へ向かえるよう進路の角度を変える起点にでもなれればいい。どうせこのままでは団員不足で衰退の一途をたどる消防団なので変えても支障のない部分はどんどん変えてしまっても構わないと思っている。戦後の伝統にいつまでもぶら下がっているような情けない消防団幹部にはならないつもりだ。

こんなお堅い消防団もあと1年。やる事だけやって、あとは得意の“どんな状況も楽しむ”精神でいろいろと企んでいきたい。
火事が少ない事と大地震が起きない事を心から願っています。
先日の行われた『消防団を考える会』。テーマは「防災と減災」。
各分団からテーマに沿ったレポートが発表されたんですが、うちの分団の「伝統にとらわれ無駄な訓練が多い。30年以内に90%の確率で起こるとされている震災に、その無駄を改善して備えるべきだ。」の内容の“無駄”は口頭では発表させなかったもののプリントには“礼式訓練”と記述されとって会は静かに盛り上がる。
(礼式訓練↓)


団長の返答は「礼式訓練は消防団にとって大切な部分だ。それを団員に伝えて欲しい...」
団長が言いたかった“大切な部分”は統率、縦割りの組織構成、命令系統など理解はできるんだけど、「まだそこ?」っていうのが団員全員の本音だと思う。全国の消防団で普通に行われとる事なので自分の町だけ変えるのが難しい事なのはわかるけど、変わらない事が後にどれだけ罪な事なのかを考えれば、誰にでも理解できる事だ。何を守るための消防団かわからなくなっているのが衰退の原因なのは明らかなのに、それでも軍隊のような伝統にぶら下がる消防団...。

しかし、来年度から俺も分団をまとめる役。
こんな組織を反体制気味の俺がまとめれるのか?が本音だけど、団員はほとんど同じ思いなのが救い。少しでも住民に役立つ、団員が有意義に感じれる活動ができればいいと思う。まずは山でも登ろうか...。
スノーボードの落書きに娘の菫も参加させて「何でも描いていいよ」って言ってはみたものの、書き出しから途中経過を見たあたりで少し後悔した。しかし「おとうちゃん、おかあちゃん、ばあちゃん、じいちゃん...」って言いながら描いた板は最終的には「絶対大切にしないといけない」って思えるスノーボードになってしまった。
リクエストがあったので写真載せます。

客観的に観てしまう“下手”なんてつまらん感覚だと感じた。何でもいいから感じたものをその時の感覚で描けば、それはそれだ。写真もそうだ。上手に撮ろうとした写真なんて観てもおもしろくない。

さぁ、あさっては消防団の雪上訓練。
この寒気によるThe Dayは明日か...残りのパウダーをコイツで喰い尽くしてやる!!
去年の12月に関西の結婚式に行った際に、写真学校の友達の家で発見されたスノーボード。
当時スポーツ用品店に勤めとって、発売され始めて数年のヨネックスはそんなに人気がなくて売れ残った14、5年前の板。真っ白だったのが黄ばんで、バインディング付けっぱなしだった場所に当時の色を残す。

ここ数年、若い頃の脚力で踏ん張る滑りからメローな流れで滑るスタイルになっていって「板とブーツの堅さが合わんなぁ...」って思っとった、この絶妙なタイミングでこの板が手元に戻ってきた。そして昨日久しぶりに乗ってみた。
パウダーも浮くし踏めばキレる、高速では少しバタつくけどまぁ問題無いレベル。テールのズレもメローで楽だ。久しぶりに想像と滑りが一致する、板に乗れとる感覚を味わった。
懐かしくて愛着も湧くしこの古い雰囲気もなんかいい、しばらくこの板と付き合ってみようかな。イタズラ書きしたいなぁ。

今年は寒気が抜けずコンディションはいいですよ。水曜日に行ける人は一緒に滑ろう!!
昨晩から消防団の年末特別警戒が始まった。特別警戒と言ってはいるものの中身は酒飲んで博打に励む集まり。そして火の見やぐらに登って警鐘を鳴らし、拍子木でカチ!カチ!「ご用〜心」って言いながら夜道を徘徊する昭和以前な文化も未だ継承中。

しかもそれが30日まで毎晩!一晩で十分だ...。

昨晩は「消防団を変える会」的な内容になって熱くなったけど、もうその話に飽きたし時間の無駄だ。そんな話、一生懸命したって町の役人、行政が動かんかったら何にも変わらん。逆にそんな話で消防団っていう仕組みの土壷にハマっていくようにも思える。俺たちが消防団の行く末なんて決めれんし、消防団って組織を無くしたくないなら行政が頭使え。俺は後1年だ。
こうやって吐き出してみるとだいぶ貯まっとるなぁ...無謀な勧誘活動のストレスだろうな。

今晩からは開き直って楽しめる様に勤めよう。だってまだ30日まで長いもん。
ギター持って行こうか...。ヘタクソなギターをみんなに笑ってもらおう。















こんなにボロボロになるまで汚れを擦ってくれてありがとう。
次の頭がとんがった仲間もきっと頑張って食器をキレイにしてくれると思うよ。

顔が付いとるとボロボロ具合がわかりやすい。
もう少し使えそうだけど、もうこれ以上は少しかわいそうだ。

お疲れさまでした。
世の中のカメラが次々とデジカメになっていく中でも1日に1本くらいフィルムを持って来てくれるお客さんがいる。もちろんそれだけでは商売にならず、週に2回だけフィルム現像機を動かして自家処理をしていた。
写真と接して生きてきた家族なだけに“フィルム”には思い入れがあり、激減していくフィルムのお客さんと接しながら、「いつまでやるかなぁ...」と損得抜きに考え、有りもしない答えを探していた。しかし、ついにそのきっかけになる事がやってきた。現像液を作る薬品の在庫がなくなった...まだ新しく注文する事もできるが、いつゼロになるかわからないこの状況ではそんな選択肢もなくフイルム現像の自家処理を終える事になった。

「デジカメとフィルム」の比較は以前はよく話題にあがっていたが、デジカメの機能、品質の向上とともに「デジカメ>フィルム」という結論が出てしまったようだ。未だにフィルムを指示しているのは長年フィルムと共に仕事をし信頼関係を築き上げたプロか「私はもうこのカメラでいい」と言うお年寄り、あと極端なアナログ信者だけだ。
デジカメに無いフィルムの良さは粒子感と結果の楽しみだと思う。しかし世の中のDPEのプリント方式のほとんどがデジタル化されてしまった昨今では点の粒子は四角いピクセルの中での表現でしかなく、光がフィルムを通り印画紙に当たって感光するあの粒子は楽しめない。そのため楽しみにしていた現像上がりの結果にもガッカリする事が多くなってしまった。もう写真屋さんに出すフィルムの時代は10年くらい前に終わっていたように感じる。

しかし、デジタルになっても「自分の存在する一瞬を記録する」という写真を撮る行為は変わらない。
写真はなくならない。
さよならフィルム現像機。大きな活躍で我が家を支えてくれてありがとう。
同級生がBarをオープンして店舗の撮影をしてきた。



飯田の知久町、ライブハウス“キャンバス”の隣り。広くのんびりできる空間、ビリヤードとダーツができるBar。店のセレクトに悩んだら是非どうぞ。

今度から同級会はここかな。のんびり飲みに行きたい。